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翻訳コラム12AI翻訳をめぐる私たちの考え
※2025年秋時点
■現場で見えたAI翻訳への期待と現実
最近、極めて短納期かつ膨大な案件において、「重要でないところはAI翻訳にかけるだけでいいので、大切な部分だけ人の手で訳してください」というお客様のオーダーに対応したことがあります。当社では長年「機械翻訳は使わない」という方針を貫いてきましたが、このときは納期・予算の制約から、例外的にAI翻訳を一部導入させていただきました(AIパートは無保証での提供です)。
結果としては、残念ながらお客様のご期待に十分に応えることができませんでした。
突貫で対応した人間翻訳パートについては特段の問題はなかったのですが、やはりAI翻訳パートに問題が多々あり、時間的制約に加えて無保証でお渡ししている事情から、お客様自身で最終チェックをしていただくしかなく、大きなご負担をおかけしてしまいました。
実際、このケースのテキストには一文だけで数百文字にのぼるような長文も多く含まれており、専門用語も多数使用されていました。案件の開始前に「このようなテキストのAI翻訳では文脈の誤読が発生しやすく、完ぺきからは程遠いです」とお伝えはしておりましたが、結果はお客様側の想定を大きく下回るものでした。
お客様からは「AI翻訳の能力を見誤っておりました」とのお言葉もありましたが、時代の流れか、このようにAI翻訳への期待値が実際の能力から見て不相応に高いケースは近年多くみられます。
■AI翻訳の具体的な課題
これは私たちが以前から繰り返し申し上げていることですが、AI翻訳は万能ではありません(もちろん人間も万能ではありませんが)。少なくとも2025年時点の現状では、文脈を読み取れず、意味が通じないなどのトラブルや、専門用語の不統一、不自然な言語表現などが含まれるのが普通と考えた方がよいと思います。ハルシネーションつまり「AIが作り出す幻想」※も当然まぎれこみます。とりわけ、複雑かつ非定型的な文章や文脈依存度の高いテキストには対応しにくく、AIの弱点が露呈しやすいと言えるでしょう。
実際には、「訳文が多少不自然」ぐらいであれば使用に耐えうる場合もあると思いますが、誤情報(ハルシネーション)や文脈誤読による正反対の意味の訳文がまぎれこむということになると最悪レベルの誤訳です。こうした誤訳は、AIが「次に来る語の確率が高い単語」や「全体の整合性」を優先して出力を生成することが原因で発生するものであり、現在のところ、それなりに高い頻度で出現します。
AIは定型化されたテキストには相性が良いとはいえ、契約書など誤訳が重大な結果を招きかねないテキストへの(AI単独での)利用は慎重になるべきかと思います。
- ※ ハルシネーションは、AI翻訳における最も深刻で“静かな誤り”です。文法的にも自然で意味も通じるように見えますが、実際には存在しない情報をAIが勝手に補ったり、まったく逆の意味を生成してしまうことがあるため、用途によっては致命的な誤訳となります。現在のところ、AIを活用するうえでハルシネーションの生成を避ける術はないと言われています。
■単独での利用はリスクがあるが、「人の手の介在」を前提に実用の域に到達している
しかし近年、私たちの認識にも変化がありました。というのも、”そういうこと”をしっかり啓もうしていかなければならないなと思わせられる程度には、AI翻訳の見かけの精度(本質的な精度も含む)が大きく向上しているのもまた事実なのです。
テキスト生成においても「不気味の谷」を超えつつあると言えるのかもしれませんが、自動翻訳もかなりぎこちなさが削られてきて自然なアウトプットになっています(ハルシネーションのリスクを考慮するとこれ自体が課題とも言えますが)。現時点では「テキストタイプによっては」という但し書きは付くものの、AI出力をもとに人が校正をかける所謂「ポストエディット」も、品質とコストのトレードオフの観点から合理的な選択肢になってきていると率直に感じています。
つまり、まだドラえもんの「ほんやくこんにゃく」のような夢のツールにはなっていないけれど、しっかり「誤りに気づける人間の手」が入るなら十分に実用性を持たせることのできる段階に近づいていると言えるでしょう。
■今後の当社サービスの方向性
近年のAI翻訳の進化は目覚ましく、そのスピードとコストメリットはお客様にとって大きな魅力であることは間違いありません。数年前と比べ、多くのお客様の現実的な選択肢として「AI翻訳」が割って入ってくるのも当然のことでしょう。実際に翻訳業界では、AIの出力を人の手で正しい訳文に調整していくポストエディットの需要も高まっています。
翻訳という仕事は、古くは紙の原稿を郵便やファクス、手渡しでやり取りしていた時代からインターネットの登場によって大きく変化しました。今日、AIも同様に大きな変化を起こしつつあるように見えます。
しかし当社は、この変化を巷にありがちな「AIに仕事が奪われる」というような文脈ではとらえていません。弊社顧客層の指向性を踏まえても、AIが人間翻訳の価値を毀損することはないと考えますし、むしろ翻訳作業の大幅な効率化や人間翻訳の質の向上に寄与してくれる可能性を秘めていると考えるべきでしょう。
インターネットの登場がそうであったように、技術の進歩はいつも私たち翻訳者にとって歓迎すべきことです。
翻訳サービスを通じてお客様に最大の価値を提供することが私たちの使命であるならば、「AIとともに生きる時代」における弊社サービスのあり方についても、考えていくべき時期が近いのかもしれないと感じはじめています。
2025年10月 谷口(代表)
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